暴力女

小学生の頃、理由もなく殴ってくる女の子がいた。私と彼女はクラスが違ったけれど、5限目の体育の終わりなんかによくすれ違って、その度に肩を殴られたり、頭を叩かれたり、指でお腹を刺されたりした。第一運動場、ピロティの靴箱前、廊下、どこでも。周りにクラスメイトがいてもお構いなしに彼女は暴力を振るった。私が「痛いって!」と反応すると、彼女はにやあっと笑って、何も言わず去っていく。隣にいた友達が心配してくれたけれど、「大丈夫。楽しそうだね、あの子」なんて、斜に構えたことを言った。過剰に反応しないほうが大人っぽくてかっこいいと思って。そうしているうちに私の友達も慣れてきて、「今日も仲良いね」なんて言われるようになった。

今思い返せば、実際に私と暴力女は仲が良かった。私は勉強に関して言えば要領が良くて、大した苦労もせず100点を取っていたから、それを知った彼女に「勉強を教えて」と頼まれた。そうしてふたりで図書館に行ったり、一緒に帰ったり、勉強以外の話をしたり、自然に仲良くなっていた。そうやって一緒にいるのは楽しかったけど、私が中学受験をして、進学先が違って、卒業式でさよならって言って、案外、それっきりだった。当時、携帯電話、ましてやスマートフォンなんてものを持っている子供はいなかったから、連絡先も知らないままだった。

15年が過ぎた冬のある日、家で寝てばかりいる休日に嫌気がさした私は、入ったことがないカフェに行ってみようと思い、そこで偶然彼女に再会した。15年分、声も姿も変わっていたけれど、私はその人が彼女だとすぐに分かった。注文したコーヒーを手渡された時、ふと左手の薬指が目に止まった。コーヒーの黒い液面が揺らいで、その時初めて、あれが初恋だったと気付いたのだ。